![]() 前回まで、数回に分けて、 「駐屯地祭」での、出来事を紹介して来ました。 (近々、他の駐屯地祭に行く予定です。) (また、ここで紹介しましょう。) では、また「通信教育」の話しに戻しましょう。 (もう教育自体は、最終段階まで来てます。) 前回では、通常我等が訓練などに使用した 無線機、「JPRCーF32」を紹介しました。 今回は、車両無線機 を紹介しましょう。 (車両無線機F2・F5・F7とか、言いました。) (無線機の構成で、名称を変えてたんだっけ・・・かな?) 基本的な「交信方法」は、前回紹介した通りです。 詳細は、こちらを ![]() 本来、車両無線機と言う事で、 指揮車(JEEP等)に積み込んで、使用するのですが、 この段階(教育期間中)では、無線機単体での訓練でした。 (単体では、画像の通りですね。) (これを、JEEP等の後部座席に組み込むのです。) (結構、重量がありましたよ。) 操作等については、かなり年数を経過してますから、 正直、忘れました。 まあ御覧の通り、スイッチ類が多かったのを記憶してます。 (目の前に出されても、もう、操作出来ないですね。・・・・笑) 部分的な記憶ですが、その操作方法で、 「スケルチ、左いっぱい・・・よし!」なんて、やってました。 (ザーッ・・・て、ノイズが消えるのですよ。) 唯一記憶してるのは、使用するチャンネル(周波数)を、 今で言うなら、数点「メモリ 」(記憶)して使用してました。 (画像では、プリセット・・・って、所だったかな・・・?) 一つの周波数を使い続けてると、 無線である以上、「傍受」されやすくなります。 ですから、定期的な時間を決めて、 周波数を変更してたんですね。 (ch1~ch3・・・って、画像で確認出来ますでしょ?) ![]() ![]() 自分の様な、第二世代の隊員の時代、当時は、 JEEPといえば、73式小型トラック(旧)の時代でした。 このJEEPに、車載するのですよ。 (上段の画像です。) (現在は、下段のタイプに変更されてます。) また、車両(JEEP)に積み込んで使用する場合は、 車両の後方には、「アンテナ」を立てます。 そのアンテナですが、ロッド(釣竿)の様に、 これがよく、シナルのですよ。 (下段の画像を、参照。) (赤矢印が、アンテナです。) このシナリを、ある程度、防止するために、 アンテナに、ロープを結んだりしてました。 (悪路なんかでは、もう、左右にブランブラン・・・と。) (まあ、苦肉の策ですね。) 実際の車載は、この教育期間終了後、 中隊に帰ってから行ないました。 (もちろん、卒業の試験は行いましたよ。) 以上、今日まで、 「通信教育派遣」で行なった事を、紹介しました。 (まあ、ここまで良く記憶してました・・・。) 次回より、派遣期間終了後、 重迫中隊に戻ってからの話しを、紹介しましょう。 (一応は、通信班に配属されましたよ。) サマワから、こんにちは。 ↑ こちらから、ネットラジオで、イラクから自衛官のナマの声を お聴きいただくことが出来ます。是非一度、ご訪問下さい。 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 通信の「MOS」取得したから、通信科行かせてくれぇ~。 「通信科」って、WAC(婦人自衛官)のほとんどが、 配属されてんでしょよ? また、普通科戻るの、ヤダ! ![]() ここ最近、なかなか「更新」作業がままならず、 訪問して頂いた方々、本当に申し訳ありませんでした。 (4月、初めての投稿ですね。) 前回、通常我等が訓練などに使用した無線機は、 このタイプでしたが、これ以外に、車両無線機も、ありました。 ・・・・・と、紹介して締め括りました。 (上記の画像は、「JPRCーF32」です。) 今回は、「車両無線機」を紹介しましょう。 (車両無線機F2・F5・F7とか、言いました。) (無線機の構成で、名称を変えてたんだっけ・・・かな?) 前回の記事で、 手旗と同様に、五十音をミッチリとやらされました。 ・・・・・・と、紹介しましたところ、 いつもコメントをお寄せ頂いてる、 katuo0076さん・・・・から、 >仮にあいうえおって言う場合は・・・。 朝日の「あ」、いろはの「い」、上野の「う」、英語の「え」、大阪の「お」 と、全部言うのですか?? ・・・と、質問もありましたので、 その辺についても、紹介しておきましょう。 (まあ、 mart さんから、回答頂いてるんですがね・・・。) ![]() その当時習いました、無線通信での通話方法ですが、 主に「明瞭、簡単」に行なう事を、習得させられました。 例えば、我等が、通常での会話で、 「こちらは○×ですが、△×さん、聞こえますか?」 「△×さん。聞こえたら、応答して下さいね。」 ・・・と、会話するとします。 (一般の電話では、このぐらい、常識でしょうかね?) しかし無線通信では、 いちいち、こんなに丁寧に「会話」してたのでは、 とてもじゃ無いのです。 そこで、 「こちら○×、△×送れ。」・・・・等と、送るのです。 それに対して、返信ですが、 「こちらは、△×です。」 「○×さん。感度、明度、大変、いいですよ。」 「良く、聞こえますよ。」 ・・・と、返す場合等は、 「こちら△×、感明良し、送れ。」・・・・等と、送るのです。 (あくまでも、明瞭、簡単を習得させられました。) ![]() ですから、通常の無線での「会話」ですが、 こんな感じで、行なってました。 (あくまでも、一つの「例」です。) その他、様々な立場になって、訓練を行ないましたよ。 (統制側、統制下など・・・・。) 朝日の「あ」、いろはの「い」、上野の「う」、英語の「え」、大阪の「お」・・・ の、「五十音」を一文字づつ送る場合は、 特に「暗号電文」などを、相手に送る場合に、 こうして、一文字づつ送るのですよ。 暗号電文などの、作成についてですが、 詳細については、多くの秘密が含まれるために、 この程度の、記述に留めておきます。 (この辺は、どうか皆様、ご理解下さい。) ここまでで、長くなりましたので、 「車両無線機」については、 次回に! サマワから、こんにちは。 ↑ こちらから、ネットラジオで、イラクから自衛官のナマの声を お聴きいただくことが出来ます。是非一度、ご訪問下さい。 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 「有線」より、「無線」がいいねぇ~。 重い「ドラム」担がなくても、いいかんね。 ただ、「バッテリー」が命だったけど・・・。 ![]() ここ最近、なかなか「更新」作業がままならず、 訪問して頂いた方々、本当に申し訳ありませんでした。 数多くのコメントを頂き、本当にありがとうございました。 (年度末でして、色々とありまして・・・。) 前回の記事では、有線の実際の張り方を、紹介しました。 今回は、無線通信の話しを紹介しましょう。 その当時、自分が習った無線機の型番は、 「JPRCーF32」でした。 (現在ではもう、ありませんでしょうね?) 日々の時間割りも、「有線」と「無線」を 半日づつに分けて、行なってました。 (午前、午後とを入れ替えたりして・・・。) (皆がアキ無い様に、工夫してましたよ。) ![]() 無線機を前に、まず習った事ですが、 その構造や、取り扱いは勿論ですが、 手旗と同様に、五十音をミッチリとやらされました。 (まあ、基本中の基本なのでしょうね。) その五十音ですが、以下の通りでした。 ●朝日の「あ」 ●いろはの「い」 ●上野の「う」 ●英語の「え」 ●大阪の「お」 (とりあえず、「あ」行ぐらいは、現在も記憶してます。) (「か」行から以降は、もう、言えませんね。) ・・・・・・と、まあ、 こんな感じで、五十音を覚えさせられました。 ![]() 特に「暗号電文」などを、相手に送る場合に、 こうして、一文字づつ送るのですよ。 それは、無線通信を行なう場合、必ずや 「傍受」される・・・と言う、危険があります。 (電波を使う以上、仕方ありませんよね。) (一昔前の、警察無線やコードレス電話など・・・。) (現在は、デジタル処理されてますよね。) さて、通常我等が訓練などに使用した無線機は、 このタイプでしたが、これ以外に、 車両無線機も、ありました。 この辺は、次回に! サマワから、こんにちは。 ↑ こちらから、ネットラジオで、イラクから自衛官のナマの声を お聴きいただくことが出来ます。是非一度、ご訪問下さい。 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 「JPRCーF32」の画像、なかなか無くて、 ネットで探して、パクッて来ました。 使用目的が、これですので、お許し下さい。 ごめんなさい。 でも、15万円で販売してるのね? この値段では、買いたく無いなぁ~。 ![]() いつも訪問して頂きまして、ありがとうございます。 前回は、勝手に挨拶させて頂きました。 (大変に、お見苦しかった点を、お許し下さい。)・・・・汗 ここ最近は、話しが飛んでばかりでしたね。 ここで話しを、元に戻しましょう。 有線の実際の張り方、また 野外電話機JTA-T1にまつわる、エピソードを紹介しましょう。 (有線の、結線の仕方までお話ししましたね。) 有線の張り方ですが、何も難しい事はありません。 指示された目標を目指して、有線の巻かれた「ドラム」を持ち、 ただひたすら、有線を張るだけでした。 (350mものと、1.5Kmものの2種類がありました。) (通称、ドラッパチと159と呼んでました。) まあ一般で例えるなら、離れた場所から電源を取る時に、 コードが巻かれた、赤い「ドラム」があるでしょう? よく工事の現場なんかで見かける、アレです。 (ホームセンターでも、見かけますよね。) ![]() もっと詳しく紹介すれば、 ただ単に、張ればいい・・・・と、いうものでも無いのです。 途中、様々な「障害」にも遭うのです。 場合によっては、道路や川などを、 横断しなければならない事もあります。 その場合を想定して、「架設」「埋設」も行ないました。 (ここは、駐屯地内の訓練場ですからね・・・。) 線を張る、その途中途中では、固定のために、 「草」などに、仮に有線を結んで行くのですよ。 (確か、巻き結び・・なんて言いました。) また、指示された目標の到達までの間に、 各要所、要所には、「余長」(よちょう)なる予備の有線を、 切断等の場合に備えて、わざと置いて置くのです。 (大体、10~15mぐらいだったかなぁ~・・・。) まあ、そうこうしながら、目標到達後には、 互いの端末に、野外電話機JTA-T1をつないで、 導通を確認して、作業の終了となります。 ![]() 以前からコメント欄などで、経験者の方々から、 書き込みがされてたので、もうお分かりだと思います。 作業完了の、導通確認もさることながら、 有線が切断された場合等、我等、通信手は、 その現場に急行し、切断箇所を突き止め、 「結線作業」を行なう事となります。 (ここが、ポイントなのですよ。) ここからは、以前にお話ししました結線作業を行います。 当然に、指先の感度が必要とされます。 ですから、「素手」で行なうのですが、この作業中に、 野外電話機JTA-T1の「転把」(てんぱ)を回されますと、 我等作業者が、感電するのですよ。 (まあ、ビリビリ程度なんですがね・・・。) (でも、マジで、ビックリします。) ![]() このぐらいになると、 通信教育も、中盤に差し掛かります。 内容も、有線から、無線へと・・・・。 次回に! サマワから、こんにちは。 ↑ こちらから、ネットラジオで、イラクから自衛官のナマの声を お聴きいただくことが出来ます。是非一度、ご訪問下さい。 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 アレやられると、 しばらくは、素手で触りたくないのね。 マジで、嫌だったよ。 わざとやるから、最低だ・・・・! ![]() ここ最近、なかなか「更新」作業がままならず、 訪問して頂いた方々、本当に申し訳ありませんでした。 (本来の、通信教育の続きを・・・・。) この頃は毎朝、国旗掲揚前に行なう「間稽古」にて、 手旗を毎日、行なってました。 そして、午前中は、有線の結線の仕方の反復。 午後は、有線の実際の張り方・・・などを。 (なんか、電話会社に就職した感じがしましたね。) (まあ、電柱には、登りませんが・・・。) その「有線の結線作業」なのですが、 まずペンチにて、有線の被覆を剥きます。 すると、中から「銅線」が見えます。 (本当は、銅線以外に、銀色の固い線も入ってました。) (その辺は、省略しましょう。) そして、互いの有線を、結び方の名称で言えば、 「本結び」で結びます。 (ポイントは、有線の被覆を、全部剥かない事なのですよ。) (被覆を、端の方に少し残しておくのです。) (線がバラけて、結びづらいのです。) ![]() 有線の結線が済んだら、余計な部分を切り、 防水、絶縁を目的とした、「ビニールテープ」を巻きます。 (テープの色は、当然に「黒」でした。) 画像でも、御覧頂けます様に、 この有線は、2本でワンペアとなります。 従い、結線する際は、また工夫がありました。 と、言うのは 結線を行なった箇所は、ビニールテープが巻かれてます。 その箇所だけが、「ボコッ」と、太くなるのですよ。 (丁度、ミミズぐらいの太さになっちゃいます。) ですから、2本並べて結線する際は、 互いに、「こぶし1個分」(10~15Cm)ぐらいを、 わざと前後にズラして、結線してました。 (並べると、そこがブットクなるんですよ。) (互いに干渉しない様に・・・との、工夫ですね。) 今でも覚えてるのは、 中隊に帰ってから、消灯延期を申し込んで、 消灯後、仲間に時間を計測してもらい、 結線作業の練習に、没頭してた事です。 正直、その時作った「サンプル」が、筆箱に入ってまして、 ここでアップしたかったのですが、 引越しの際、筆箱が何処かに行ってしまいました。 (せっかく、結線を見せられると・・・・。) また、有線の実際の張り方ですが、 有線がタップリと巻かれた「ドラム」を持って、行います。 その「ドラム」のタイプですが、 確か、二種類あったのを記憶してます。 350mぐらいの小さなタイプと、 1.5Kmぐらい張れるタイプのデカイヤツでした。 (JDR何とかで、通称ドラッパチとか言ってました。) また、余談ですが、前回からも 記事の中で、画像で紹介してます 野外電話機JTA-T1ですが、あるオークションに出品されてました。 2台で3万円の、希望落札価格が出されてました。 結果、オークションで25.500円で、落札されてました。 (コレクションでも、買えば良かった・・・・・残念。) 有線の実際の張り方、また 野外電話機JTA-T1にまつわる、エピソードは、次回に! 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 やっぱ、あの電話機、落札しときゃ良かったぁ~。 ま、部屋のインテリアとしてね。 実際に使えるみたいだったが、使わないしね。 携帯電話の方が、早いし・・・・。 ![]() 前回の記事では、世間で流れてます、自衛官に対する、 「都市伝説」を取り上げてみました。 数多くのコメント、ありがとうございました。 (陸、海、空の枠を超え、現職、OBの方々・・・・様) まあ、借金云々で島流し・・・は無いにしても、 現に、勤務が存在してる事が、十分に分かりました。 本当に、ご苦労様です。 (まあ、「硫黄島」の件は、この辺で終了にしましょう。) 改めて、「通信」の話しにもどしましょう。 前回の記事では、「手旗通信」を紹介しました。 その通信方法など、ご理解出来ましたでしょうか? (ここで、もう一回、紹介しておきます。) 「数字」につきましては、そのまま0~10を。 「50音」については、 あ行~わ行まで、その全てを「カタカナ」にするのです。 そして、その一文字、一文字を両手(赤、白旗)で表し、 相手に送る事により、通信手段とするのです。 (電文を、一文字づつ送るのです。) 参考は、こちら! ![]() 当時、手旗教育の最初は、数字から行なってましたね。 それから、50音へと、移行して行きました。 「あ行」を繰り返し反復し、それから「か・さ・た・・・行」へと。 (もう、手旗は、体で覚えるのみでした。) しばらくの間は、午前中が「手旗」を、 そして、午後が「有線通信」に充てられてました。 (さて、いよいよ、ペンチの出番となります。) 以前に、 この教育に参加するに当たり、まず最初に渡されたモノ、 それは、「ペンチ」と「手旗」でした・・・・と、紹介しました。 本日、ここに掲載してます画像は、 自分の勤務した時代から、今も現役の有線電話機です。 (ペンチは、この有線の処理作業に必需品なのです。) 野外において使用する電話機であり、 型番は、JTA-T1です。 ![]() この「有線通信」の科目では、まず最初に行なう事、 それは、ズバリ「結線作業」なのですよ。 (しばらくの間、これの反復ばっかりでした。) 最初は、教官の作った「見本」を真似て、 ゆっくりと、行なってました。 (まだ、無制限一本勝負です。) (教育中ですから・・・ね。) しかし、本来、現場で行なう事ですから、 「スピード」が要求される反面、 「丁寧」さも要求されます。 (教育終了時には、タイムを計測しました。) さて、その結線作業とは? 次回に! 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 なんたって、この電話機のバッテリーって、 市販品の、「単一乾電池」2本ってのが、スゴイ。 まだ、現役らしいですし。 すばらしい! ![]() これから、「通信教育派遣」での話しが中心となりますが、 その前に、前置きをさせて頂きたい事があります。 (まあ今更、時効・・・って、感じもあるのですが。) と、言いますのは、自衛隊に限った事では無いのですが、 皆さんの会社(職場)でもある事だと、思います。 業務上(職務上)、知りえた秘密(機密)の扱いの部分です。 自衛隊において、この「通信」という部分については、 その扱いに関しては、非常にデリケートな部分が多いのです。 ![]() ただ、自分等の位置づけは、前述しましたとおり、 「普通科」隊員として、所属中隊の中の、 通信(連絡網)を、つかさどる程度の教育であり、 専門の「通信科」が習得する教育の、 極々、一部分程度でした。 (通信科は、取り扱い注意(マル秘)が、ほとんどでしょうね。) そういった点で、自分が受けました教育の中では、 「無線通信」のなかで、「暗号文」の作り方、 受け方や送り方・・・がありました。 (もちろん、通信科ほどの比では、ありませんでしたよ。) ![]() デリケートな部分につきましては、紹介するに当たり、 「こんな事も行なってました・・・。」 程度で、終了とします。 (ご理解下さい。) これから、まず最初に紹介します、 「手旗通信」については、 ボーイスカウト等で、行なってるとも聞きました。 (現在も行なってるかは・・・・?) そんな訳ですから、「手旗」については、 堂々と、紹介して行きましょう。 前回の記事で、その通信方法なのですが、 「数字」「50音」を使って、通信手段とするのです。 ・・・・と、紹介しましたね。 「数字」につきましては、そのまま0~10を。 「50音」については、 あ行~わ行まで、その全てを「カタカナ」にするのです。 そして、その一文字、一文字を両手(赤、白旗)で表し、 相手に送る事により、通信手段とするのです。 (電文を、一文字づつ送るのです。) 参考は、こちら! (「こんなのは」さん、からの紹介です。) さて、詳細は次回に! 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるものでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 手旗を「活字」で紹介するのって、大変よ。 アスキーアートでも書ければ、いいんだがね・・・。 寝れなくなっちゃうよ。 ![]() なかなか、「更新」作業がままならず、 訪問して頂いた方々、本当に申し訳ありませんでした。 最近は、営内での出来事を紹介して来ました。 この辺で、本来の訓練話しをして行きましょう。 (107Mとは、疎遠になりつつありますがね・・・。) 前回の「記事」から、だいぶ期間が開きましたので、 ここで一旦、整理して置きます。 この教育に参加するに当たり、まず最初に渡されたモノ、 それは、「ペンチ」と「手旗」でした。 (詳細は、下記のリンクで・・・・。) 前々回の記事は、こちらを! 前回の記事は、こちらを! ![]() 「ペンチ」の使い道については、 前回の記事にて、少し触れました。 ここでは「手旗」について、紹介しましょう。 (ペンチの詳細は、また後で、後述します。) 「手旗」と聞いて、皆さんが想像する事といえば、 もう十分に想像が付きます。 (赤上げて・・、白下げて・・・、だと思います。) それで、いいんです。 その当時、自分も周囲の隊員と一緒に、 赤上げて・・・と、ふざけた想い出が印象にあります。 (一般には、それが浸透してますからね・・・。) しかし、その「手旗」ですが、習えば習う程に、 れっきとした、「通信手段」なのですよ。 ![]() まず、その持ち方ですが、 右手に「赤旗」、左手に「白旗」でした。 そして、その通信方法なのですが、 「数字」「50音」を使って、通信手段とするのです。 (実際に行なうと、なるほど・・・と、思いました。) 詳細は、次回に・・。! その当時、自分が習った、この通信教育ですが、 その位置づけは、あくまで、 「普通科」隊員として、所属中隊の中の、 通信(連絡網)を、つかさどる程度の教育であり、 専門の「通信科」が習得する教育の、 極々、一部分程度でした。 また、その「教育内容」についても、 その後、見直されて、改正されてると思います。 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるものでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 結局、その「手旗」通信ですが、 一度も、「実戦」で「実践」する事が、ありませんでした。 せっかく習ったんだから、一度ぐらい・・・は。 一生懸命に、覚えたのにさ・・・。 ![]() ここ最近は、営内での出来事を紹介して来ました。 この辺で、本来の訓練話しをして行きましょう。 (忍び寄る・・・は、週末当りにアップしましょう。) 今後、日々の訓練話しについては、 「通信教育」の話しが、中心となります。 約3ヶ月間に渡る、訓練教育期間の中で、 どの様な事を行なっていたのかを、紹介しましょう。 (前回からの続きは、こちらを。) ![]() 前回の記事で、 そしてこの日、各人には、道具類が渡されました。 その道具ですが、「ペンチ」と「手旗」でした。 ・・・と、述べました。 本日、ここに掲載してます画像は、 自分の勤務した時代から、今も現役の有線電話機です。 (ペンチは、この有線の処理作業に必需品なのです。) 野外において使用する電話機であり、 型番は、JTA-T1です。 その当時、習った科目は、次のとおりです。 ●手旗通信 ●有線通信 ●無線通信 次回より、科目毎に、その内容を紹介しましょう。 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 しかし、この電話機も現役とは・・・! ある意味、スゴイです。 もう、骨董品の部類なんですが・・・・。 ![]() いよいよ、派遣教育が始まります。 思えば、前期教育隊時代の、職種希望では、 通信を希望したのに、却下されて、皮肉にも 普通科隊員として、通信に選ばれるとは・・・・。 (でも、内心は嬉しかったのを記憶してます。) 我が、重迫中隊からは、 先輩隊員(一士)と、我等(ニ士)2名の計3名が参加します。 集合を指定された「教場」へと向かいました。 (以降、この場所に日々、通う事となります。) もうすでに、数名の隊員が、集合してました。 ここに集合して来る、隊員の「顔ぶれ」を見ますと、いずれも、 「後期教育隊」で一緒だった連中と、その先輩隊員でした。 (各中隊から、自分等と同じ構成で、派遣されてましたね。) (他の駐屯地からも、派遣で来てる隊員も・・・。) 同期といえど、他の中隊に配属された連中です。 まあ、久しぶりに会う連中でもありました。 彼等に、冗談半分で、 「前線で、匍匐前進してるよりは、いいだろ?」 なんて、会話した記憶があります。 (彼等も、教育終了後は、通信班員でしょうから・・・。) 概ね、全員が集合したであろう時間に、 そこへ、教官とおぼしき「三曹」が3人入って来ました。 簡単な自己紹介の後、今後の日程が明示されました。 教官は、当連隊の「本部管理中隊」の中に位置する、 「通信小隊」に在籍する、隊員でした。 (総勢、約20名前後でした。) ![]() 当時の、教官からの説明を思い出しますと、 この教育期間は、約3ヶ月近く行なう・・・話しでしたね。 科目は、有線と無線通信、そして、手旗通信でした。 (いずれも、その基礎をみっちり・・・・と。) (その科目毎に、詳細を後述しますね。) そしてこの日、各人には、道具類が渡されました。 その道具ですが、「ペンチ」と「手旗」でした。 (その他、黒いビニールテープもあったね。) 本日より、この「教場」に通う際の格好ですが、 腰の弾帯には、ペンチの入った革ケースを付けて、 「雑のう」には、紅白の手旗を挿して通います。 (まさに子供が、塾に通う様でしたよ。) この日から、この教育期間中(約3ヶ月)は、 64式小銃には、一切、触れる事もありませんでした。 (もちろん107ミリも、全く関係ありませんでした。) 自分の体験談が、全ての自衛隊に当てはまるのでは、無い! と、言う事を重ね重ね、皆様に理解をして頂きたいのです。 職種、駐屯地、部隊毎に、様々です。 ※ギャラリーらいとういんぐさん の許可を得て、画像を使用しております。 「今日のつぶやき」 今でも、「手旗」教えてるんかね? まあ、あの当時でも、教育では習ったが、 実際には、使わなかったしね。 原始的だが、おもしろかったよ。 アレ! < 前のページ次のページ >
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blog内容
「元、陸自隊員」の体験記です。 現役隊員の方々には、古い話しですが、 同時期に、同じ経験をした方々の 「同窓会」的な、ブログでもあります。 画像は、「最新装備」です。 ギャラリーらいとういんぐ さん の許可のもとに、 使用させて頂いております。 「前・後期教育」の教育期間を終了し、話しの舞台は、移ります。 いよいよ、一般部隊(中隊)配属となりました。 配属は、 普通科連隊、 重迫撃砲中隊です。 現在は、120Mですが、 当時は、107Mでした。 そこで繰り広げられる、 様々な人間模様。 先輩・後輩の微妙な関係や、 新兵としての 「下積み」生活。 もう、大変でしたよ。 あの頃の、 陸上自衛隊は。 最近、更新がままならず 大変に申し訳ありません。 最新のコメント
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